発達障がいへの理解と教育について (朝礼ネタ91)

近年の日本において、発達障がいという言葉がよく使われるようになりました。

それに伴い、発達障がいを持つ子への教育に関する情報も多く出そろいました。

そのような状況について、私は少し不安に思っていることがあります。

それは、発達障がいを定型に当てはめて理解しようという人が多いということです。

発達障がいの症状リストのようなものを片手に、あの人は当てはまるとか、この人は当てはまらない、という決めつけが生まれてしまうのは悲しいことです。

このような症状の人には、このような教育、という、すべてに通用する黄金律はないと思います。

現実、私が実際に接してきた発達障がいの方々は、一人ひとり全然違う個性を持っていました。

ある人は方向感覚が欠落して、すぐ道に迷ってしまう。またある人は二人以上の人に話しかけられるとパニックになってしまう、など、それぞれの苦手なシチュエーションというのは細かく違うのです。

また、発達障がいという診断がついていることと、知的な遅れは関係がないこともあります。

実際、診断を受けながらも、周りのサポートを得ながら素晴らしい学歴を身につけることができた人はたくさんいます。

発達の段階というのは、人間それぞれ違います。そもそも、診断という形で、正常異常を振り分けること自体が不自然なのかもしれません。

どうか皆さんには、机上の空論ではなく、目の前にいる学生一人ひとりと誠実に接して、彼らの可能性を伸ばしてあげて欲しいと切に願います。

もう1記事読みませんか?


職種別


シェアしていただけると喜びます。