パワ―を持っているのは大衆 (朝礼ネタ1288)

「闇の中で好き勝手に動いているのが大衆。
 ある人間が遥か彼方に光を見つけ、それに向かって走り出すとそれがリーダーとなり、
 大衆はリーダーを追って走り出す。」

これはある本で読んだ文章の要約ですが、確かに一面の真理ではあります。
しかしこれを暗愚な大衆と賢明なリーダーと捉えるのは危険です。

大衆がうごめいてるのは即ちパワーを持っているということです。
ただパワーを使う方向やタイミングがバラバラなので力が集約できず、
何かを作り上げることができないのです。

大衆の目が届かないような先を見据えたリーダーが、
その方向に向かって、しかも一斉に彼らのパワーを導いてやると、
それは結集して膨大なエネルギーをなる、ということを示唆していると私は思いました。

リーダーとなる人間と一人の大衆とでは、
その持っているパワーは圧倒的にリーダーのそれが大きいことでしょう。
しかしリーダーが持ち得ないのは大衆の「数」です。

リーダー一人が頑張っている組織は個人商店です。
組織が大きくなるほどに、社員のパワーを結集することが重要になるということを、
この文章に私は再認識させられました。

そしてさらに、大衆が持つもう一つの力があります。
それは大衆によるリーダーの取捨選択、それも精神的選択です。
権力や金銭は強制力があるのは確かです。しかし精神的選択にまでその力は及びません。

大衆の真の選択を勝ち得るためには、リーダーが本物でなければなりません。
パワーを持っているのは社員。
そしてそのパワーを使いこなせるのは本物のリーダーしかいない、と肝に銘じたいものです。

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