教えるのではなく、共に学ぶ姿勢を持つコツ (朝礼ネタ122)

教育業界では、近年、上から目線で教えるのではなく、ともに学ぶという姿勢が大切だと言われています。

昭和の時代でしたら、ガミガミ言ったり、威圧するような教育も良しとされていたかもしれません。

しかし、近年は、アドラー心理学が流行していることもあり、上からガミガミというスタイルは廃れつつあります。

教える側も、教わる側も、謙虚さをもち、ともに仲間であるという意識を持つことで、学びはより良いものとなっていくのではないでしょうか。

さて、そうした姿勢を持つためには、どんな心構えが必要でしょうか。私は、相手の素晴らしさを知るということが大切だと考えています。

めいめい、自分のことを振り返ってみれば、全てにおいて完璧な人などいないのではないでしょうか。

いや、私は全てにおいて完璧だ、と自称する人は、そのプライドの高さが欠点なのかもしれません。

学びの場という一点においては、自分は教える側、相手は教わる側のように見えますが、他の視点から見ると、生徒が講師よりも優れた特質を持っている面があるというのは当たり前のことなのです。

先生は完璧でなくてはならない、と考えると息苦しくもなりますし、相手を見下すことにもつながります。

しかし、人間は皆不完全なのだと自覚し、あくまで自分は仕事の一場面において教えるという立場を担っているにすぎないと自覚するとき、相手の素晴らしさも認めることができるのです。

そのような姿勢を持つとき、学びの場は共同体となり、暖かな雰囲気になるのだと考えています。

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